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僧侶修行から焼酎造り大浦晋一さん (若き杜氏の想い)
小学2年の時に病気で逝った父との思い出は、早朝のグラウンドを一緒に走っていたことくらいしかない。
記憶のかなたにいる父の遺志を継ぎ、昨秋から都城市にある大浦酒造の杜氏(とうじ)の見習いに。6月に初出荷した芋焼酎「百年蔵」の造りに携わった。
幼いころ、よく仏前で祖母の隣に座り読経して過ごした。亡き父と向き合うその時間が与えてくれたのだろうか。寺社仏閣を眺めると安らぎを覚えるようになった。
福岡県内の大学の経営学部に進学。しかし、しがらみのない世界で自分を見つめ、生き方を探そうと、卒業後は和歌山県内の仏門へ。10年前の2000年は僧侶としての修行中で、寺に勤めた後、29歳からは会社勤務も経験した。
その間も蔵のことはいつも心のどこかにあった。
「いつ帰るんだ」。社長を務める叔父からしばしば声を掛けられた。しかし、一歩を踏み出す自信がなかった。
都城市乙房町の商業施設敷地内に、焼酎造りの様子を見学できる同酒造の蔵が開所するのをきっかけに、転身に踏み切った。
1909年の創業から100年を記念して名付けた「百年蔵」は、こだわりの手づくり焼酎だ。麹(こうじ)作りも、もろみの発酵も、人の手と勘だけが頼り。どちらも温度管理が命となる。
「元気か、冷えていないか」
「ちゃんと発酵しているか」
かめの中でピチピチと音を立てて発酵するもろみに、心の中で話し掛ける。夜中にも足を運び、温度が低ければ、湯を入れた筒状の容器で温め、高ければ渦巻き状の管を沈めて水を通して冷やす。「子育てのように手間暇が掛かる」作業だという。
蔵で仕込むかめは約40個。仕込み日の温度など条件はそれぞれ異なり、同じようにはいかない。誰にでも経験はできない特別なものづくりの世界に、楽しみを感じるようになった。
焼酎造りを始めてまもなかったが、幸運にも4月には熊本国税局の酒類鑑評会で優等賞を受賞した。
「僧侶になるための修行で、この世に生かされていること、そして世のために何かをすべきだと学んだ。焼酎造りは、僕に与えられた生き方なのかな」
得意先や旧知の仲が語る父は、仕事に情熱を注ぐ人だった。見えそうな、手の届きそうな父の背中を追い、蔵人の道を走り続ける。
(2009年12月18日 読売新聞) 亡き父を継いだ杜氏見習い 大浦晋一さん33才 |
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